toratoaki’s blog

トラになりたかった男の話です

人間社会を統計力学的に見ると・・・

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統計力学というのは、熱力学から派生した分子の運動を平均的に見ることにより、個々の現象の総合的な状態として把握する手法である。

なんか難しい感じ?
では中学レベルで理解できるように書き換えてみましょう。

たとえば、気体が箱に入っている状態を見るとき、
その中にある気体分子の個々の運動はばらばらで、その運動速度も遅いものもあれば速いものも含まれていて、まちまち・ばらばらである。
これらを個々の運動方程式に当てはめて、計算することは、その計算量においてスーパーコンピュータを使っても計算しきれないくらいの膨大な計算となる。

それを個々の運動ではなく、全体の平均値として捉えると、そのときの温度、圧力、体積の3つの変数に置き換えることが出来る。
ここで、ただ上記の置き換えで全体の状態を把握するのが、熱力学である。

統計力学は、ここの分子の状態(運動の仕方)を多数合わせたときに、その統計量で、全体を把握する方法である。
統計的手法を用いることは、確率(簡単には平均をとると言い換えられる)で捉えることと同じである。

あまり簡単な説明ではなかったかな??



以上は前置きで、ここからがこの記事の本題です。

社会学というのは、個人個人の活動を全体像として解釈することですが、
実際の人間の活動は、個々それぞれで、どれを取っても同じではない。
だからその1例1例ごとに見ると、みんな状況は異なり、個々の対応でしか解決を図れない状況となる。

例を挙げると、
・1個体が死亡したとか
・1個体が受験に成功したとか
・1個体が金を儲けたとか
・1個人が破産したとか・・・

我々はそれぞれ、1個人としかつながりは無くて、その人との相互作用で生活を営んでいる。
これを統計的に見るとは、以下のようなことをさす。

・全体として、死亡率が1%である。とか
・全体として、合格率がどれくらいであった。とか
・全体として、所得水準がどれほどあったか。とか
・全体として、破産率がいくらであった。とか・・・、そういうことである。

個人的状況では、Aさんが死に、Bさんが生き残ったということは意味がある。
統計的には、Aさんが死に、Bさんが生き残ったということと、Bさんが死に、Aさんが生き残ったということは、同じなのである。(統計数値に変わりが無いから)

そういう意味で、統計学は非常であるといえるかもしれない。
統計力学的には、全体の温度は重要であっても、個別の分子の速度はあまり問題にしないとも言える。

社会科学も、広い意味で、自然科学の延長だと捉えるならば、
ものごとの結果は、その個々の確率でしか論議できない状況となるのである。